やる気・モチベーションの維持

必死に電験の勉強をした過去を振り返ってみて

やる気・モチベーションの維持

昔の自分を振り返ってみる

サイトをリニューアルしたので、久しぶりに記事を追加していきます。
自作のブログツールからwordpressへと移行したので、だいぶ見やすくなったかな?

中々サイト更新に関して手が回りませんが、少しずつ更新していきます。

このサイトは初心者が「電気主任技術者の試験に合格する」という事を目標にかかげています。

私はとても頭の悪い学生だった

私が第三種電気主任技術者の試験勉強を始めた当時に作り始めたサイトでありますが、当時の私は電験の知識どころか、四則演算も怪しいレベルでした。
私は学生時代から非常に頭が悪く、偏差値40程の地元の工業高校に入るのもやっとという程の学力でした。

高校にも関わらず微積分の授業はなく、ただ授業を聞いてテストに出る範囲だけ覚えるといった勉強法で、なんとか乗り切った覚えがあります。

確か高校1年の後半、数学の先生が急病で亡くなってしまい、その後をカバーする方が誰もこられなかったので、自習となっていたんですね。当時自習は好きなことがやれるので、私はポケットコンピューターでひたすらBasicのプログラムを打っていた覚えがあります。

一言に”工業高校”といっても千差万別あるのだと知ったのは、社会に出てからでした。
私が大企業の下請け企業に雇われたとき、新卒で入ってくる工業高校生のレベルの高さにびっくりしたものです。
聞けば偏差値60程の工業高校で、その中でも優秀な学生たちが入社してくるとか。
なるほど、自分が通っていた工業高校とはレベルが違うんだなぁ、どおりで優秀だなと感心したものです。

頭が悪くても頭が低ければなんとかなる

三種合格までにおそよ1800時間。普通の人ならばここまでかからなかったでしょう。私にもうちょっと基礎学力があれば…orz

けれども、私のような頭の悪い人間でも、毎日少しずつ勉強していけば、電験三種の合格にはたどりきます。
実際、私は第三種電気主任技術者の試験合格をし、その後、エネルギー管理士(電気)合格、技術士一次試験(電気)合格、そして第二種電気主任技術者 試験合格までたどり着いています。

私は頭の出来が悪いことは当然わかっていたので、わからないことを周りの人にききまくりました。「お前、こんなこともわからないのか!」とびっくりされたこともあります。
それでも私は先輩や、入社したての若手連中に頭を下げて、微分積分の仕方などを聞きました。そして夜勤や宿直中など、基本的に待機していればいいときに私は必死に勉強をしたものです。

現在の私は悠々自適、しかしそこに至るまでは

私がしていた仕事はこういった感じの仕事です。

現在の私は電気主任技術者として仕事をしていますが、従業員20人程の小さな町工場で保全員をしていた頃からは考えられないほど恵まれた環境で仕事をしています。

私は元々、地元の工業高校を卒業後に入社したプラント工場で3交代勤務をしていましたが、まさに3kと呼ぶにふさわしい作業環境でした。

1500度の高温の炉の前で深夜、5mほどのパイプを炉の中につっこみかき回すという仕事です。想像できますか?

私は体も弱くまたたく間に衰弱し、その仕事は2年ほどしか続きませんでした。
その後入社した会社は鍛造工場でも、1500度もの炉の前で弱い体にむち打ちながら必死に仕事をしていたんですね。

真夏は40度を超える空調のきいていない工場の中で、目の前には1300度に加熱された鉄が灼熱を放って私の体を焼くんです。防護面をしていてもその熱気が皮膚を焼きました。余りの辛さに頻繁に吐いていました。

体と心を壊しながら、「自分にできる仕事はなんだろう」と真剣に考えたのが、電気主任の仕事だったんですね。

電気主任技術者の仕事は需要がある

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世間は再生可能エネルギー発電の需要や、団塊世代の大量退職での需要で、第二種電気主任技術者の免状保有者が、慢性的に不足している状態となっています。
故に、「経験がなくても免状保有者ならば誰でもいいので入社してくれ」という状態になっています。

特に需要が高いのが、実を言うと氷河期世代です。
私は氷河期世代の中でも最も厳しかった時代の人間ですが、この時代というのは企業が社員の応募を極限まで絞った時期であり、ちょうどこの年代が今管理職の年齢にさしかかっていますが、企業内での氷河期世代管理職ポストが空いているのです。
私は運がよいこと?に氷河期世代でしたし、第二種電気主任技術者免状保有者としては割と若い年齢もあり、引く手あまたでした。

おそらくは、相当運が良かったのでしょうが、それでも5000時間にも渡る勉強を続けていなければ、運があったとしても、合格にはたどり着けなかったでしょう。

勉強は辛かった。でも仕事はもっと辛かった

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正直言いますと、電験の勉強は、辛かったです。
毎日2時に起きて朝7時まで勉強し、仕事をし、その後深夜まで勉強をするといった期間を長期間続け、体調を崩したこともあります。
エネルギー管理士の試験は3回滑り、リセットも経験しました。
正直、心が折れて「もう三種はあるからいいか」と諦めそうにもなりました。
けれども、私は頭が悪いせいか、諦めが悪く、次こそは、次こそはと試験を受け続けました。

その結果、私はエネルギー管理士の試験にも合格し、最終的には第二種電気主任技術者の試験にも合格しています。

これだけの辛く苦しい勉強を続けられたのは、私が以前していた仕事があまりにも辛いものだったからですね。仕事が苦しかっただけはありません。こういった最底辺の仕事に集まる人間というのは、性格が荒くとても褒められた人たちばかりではなかった。勤務中に酒を飲んだり、酒の買い出しに行かされたり、馬券のお金の運び屋をやらされた事もありました。

結論:辛さをバネにして勉強を続けよう

本当に嫌で嫌で仕方ない、でも私は技術もないし資格もない・・・そんな状態で人生を追い詰められていった経験があったからこそ、5000時間もの勉強時間を数年間も続けることができた。

皆さんも仕事でどうしても許せない、我慢できないことって無いですか?このまま今の仕事を続けたら、いつかはつぶされてしまう。

会社は残酷なものです。つぶれ弱った人間は最後はあっさり捨てられてしまうものです。そういう事態になる前に、自分なりに考えて今から行動されたほうが良いと思います。

みなさんも、最後まであきらめず頑張ってください。
陰ながら応援しています。

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